2023/7/12

 

― PROFILE ―

 

宮本 ともみ(みやもと・ともみ)氏

 

1978年生、神奈川県出身。相模原SCから高校卒業後にプリマハムFCくノ一(現・伊賀FCくノ一三重)に入団。16年間プレーし2度のベストイレブン受賞。日本女子代表(なでしこジャパン)で3度の女子ワールドカップ、2004年アテネ五輪にも出場した。結婚、出産を経て26歳で現役に復帰し、日本で初めて母親として日本女子代表に選出される先鞭をつけた。2012年に現役を引退し、年代別代表のコーチを務め、2021年よりなでしこジャパン(日本女子代表)コーチを務める。JFA S級ライセンス取得中。

※インタビューは2023年6月に行いました。

 
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―― 出産後に日本で初めて出産後のワールドカップに出場を果たした宮本コーチですが、前例がない中での現役復帰の裏には強い決意が必要だったのではないでしょうか?

 

 宮本 

出産したタイミングがアテネオリンピック(2004年)のすぐ後だったのですが、25歳という年齢とサッカーの成熟度と体力がピークにあったこともあって、妊娠中から「復帰したい」という気持ちは強かったんです。でも産んだすぐあとは「これは無理だ」と思いましたね…。全然寝られないし、疲労もすごく、出産から3カ月はサッカーのことは正直考えられませんでした。

 

―― そこから復帰に気持ちが向かったきっかけは何だったのでしょうか?

 

 宮本 

育児が落ち着いてきた頃、地元の三重県伊賀市で日本女子代表のキャンプが行われて、子どもを連れてみんなに会いに行ったんです。直になでしこジャパンがプレーしている姿を見て、「あそこに戻りたい」という気持ちが抑えられなくなりました。とは言っても家族の承諾を得ないと何も始まらないですから、旦那さんには無理を承知で素直な気持ちを伝えました。そしたら「できることは何でもサポートする」と後押してくれて。家族のサポートもあって復帰を決意したのですが、最初は10分のランニングも満足にできなくて歩いた方が早いくらい(笑)。こんなに体力が落ちるんだと驚きましたね。

 
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―― 本格的に復帰された後は、選手と母親との両立に苦労されたのではないでしょうか?

 

 宮本 

それが思ったよりスムーズに復調して、心のバランスも安定しました。子ども中心だった毎日の中で、30分だけでも自分だけの時間ができたことで気持ちに余裕ができました。トレーニングに対する集中力も増し、私生活でも子どもに対してすごく優しくなれました。家族に対する感謝の気持ちを持てるようになり、身体的にもメンタル的にも理想的なバランスだったと思います。

 

―― 育児にリフレッシュは大事だと言われていますし、今後出産を経験し、復帰を考える選手にとっても非常に参考になると思います。しかし当時は選手の育児に対する環境整備もなかった中、苦労もあったのではないでしょうか?

 

 宮本 

2006年のアジア競技大会に向けた日本女子代表のキャンプに向け、大橋浩司監督(当時)から事前に招集したいというお電話をいただきました。当時子どもは一歳半で授乳をしていましたし、子どもと長期間離れることは考えられませんでした。後ろ髪を引かれる思いでお断りをしたところ「では子どもと一緒にいられる環境を用意すれば代表に来られそうか?」とおっしゃっていただいて…。おそらく相当大変だったと思いますが、大橋監督と当時の日本サッカー協会女子委員長の上田栄治さんが水面下で動いてくださって、協会としてベビーシッターを用意する環境を整えていただきました。トップ選手が集まる真剣勝負の場に子どもを連れて行く不安はありましたが、周囲の多大なサポートのおかげで代表復帰することができました。

 

―― 海外では現役選手の育児に対する環境は当時から整っていたのでしょうか?

 

 宮本 

そうですね。当時からアメリカやノルウェーでは出産から代表復帰している選手がいて、大会には子どもを連れてホテルや会場に移動していました。話を聞くと出産して2カ月で自主練を開始して、5カ月で代表復帰したそうです。日本ではチームホテルで家族が一緒に過ごすことは考えられない時代でしたから、トレーニングの横で旦那さんがベビーカーを押して見守っている姿を見て驚きましたね。アメリカでは「育児休暇という権利が与えられているのだから取らない方がもったいない」という感覚らしいです。まだ日本ではそこまで育休が浸透していない頃でしたし、これはサッカー界というより国の傾向なのかなと思います。

 

―― 宮本コーチが先鞭をつけたこともあって、現在のサッカー界はスポーツ全体の中でもママさん選手にとって環境整備が整っていると言えるのではないでしょうか。

 

 宮本 

色んな競技のママさん選手が集まるワークショップに呼ばれることがあるのですが、「サッカーが羨ましい!」とよく言われます。あらゆる方の尽力があって壁を乗り越えての今があると思うのですが、待遇面、環境面においても今の日本女子サッカー界はすごく整備されていると思います。

―― なでしこジャパンのコーチとして意識していることは?

 

 宮本 

選手と同性のコーチングスタッフは私しかいないので、選手たちが伸び伸びできるように心掛けています。代表には私が現役のときにプレーした選手もいるので、そこは近すぎずというか、距離感はすごく気を付けています。

 

―― ワールドカップを目前に控え、現在のなでしこジャパンの強さや魅力について教えてください。

 

 宮本 

海外でプレーしている選手が多く、若くても経験値が豊富です。私たちの時代と比べても技術力はもう比べものにならないくらいです。戦術も進化し、攻守にわたっていろんなことに対応できる選手が本当に増えました。年代別代表を経験してきた選手も多く、世界大会で結果を残してきているので、大いに期待したいですね。

 

―― 宮本コーチはこれまでに多くの壁を乗り越えてきたと思いますが、最後に若い世代に向けアドバイスをよろしくお願いいたします。

 

 宮本 

人それぞれ、大きな壁ってたくさんあると思います。でもそれは後からじゃないと分からないものなんだと思います。乗り越えて初めて大きな壁とわかるのであって、私は壁が目前にあるときはそれが大きいものだと思っていなかったです。もともと悩むのが嫌いな性格なので、とりあえず一回やってみようと。でも自分の力はそんなになくて、周囲のサポートのおかげでここまで乗り越えてきました。自分に力があるとしたら、周囲の人たちに恵まれる力、だと思っています。若い選手たちには、何事も壁を恐れずに挑んでいってほしいですね。